2008年08月21日
撮影2日目、プロデューサーとは
8月19日(火)
映画『少したのしい』撮影2日目。
スタッフは社会人が多いので基本的には撮影は土日になるのですが、今日は、M.I.F.前々作『箱』にもご出演いただいた、豊田演劇界の重鎮、劇団ドラマスタジオの柴田槇子さんのスケジュールが土日は難しいということで夏休みを取って平日の撮影です。
休みが取れなかったスタッフも多いので、急きょお手伝いをお願いした人もありがとうございました。
さらに朝の風景が撮りたいということで、6時半集合の早朝スタートです。
主人公2人は名古屋方面から来てもらってるんですが、始発の電車に乗っても間に合わないということで、監督と助監督が車で迎えに行きました。4時半に起きて、5時半に待ち合わせて。
6時半に集合して、メイク、衣装を準備して、7時に水源公園で撮影スタート。映画最後のクライマックスシーンです。川面に光があたるのが撮りたかったんです。天気予報は曇りのち雨でしたが、なんとか陽が時々顔を出してくれました。
柴田槇子さんはもう堂々と演じてくれますので注文のつけようがありません。せっかくきていただいてるので少しは演出しなければと無理やり注文言ったりしてね。
1時間押して10時終了。
それから、天神橋付近に移動して川べりで4カット撮影。それから助監督宅に移動して玄関先、室内の撮影。
ここでほぼ予定スケジュールに追いつく。そのまま助監督宅で昼食。昼食と言ってもコンビ二おにぎりとかパンなんですけどね。食糧費はスタッフの自己負担です。
午後からは、挿入歌部分の音なし映像撮りです。主人公2人が市内を歩いていくカットを(ロードムービーですから)とにかく移動移動で撮りまくりです。1~2カット撮っては移動って感じです。
ただ、段々雲行きが怪しくなってきて、午後4時の時点で夕立となり、3ヶ所を残して今日の撮影は終了とする。
その後、スタッフは山の手デニーズで反省会。と言ってもそんなに反省なかったのかな。
実は、今日はこれで終わりじゃなくて、夜の部が。撮影じゃなくて。
とよた演劇アカデミーが、今日明日と北九州など色々な都市で劇場や街全体の文化総合監督・プロデューサーを務める津村卓さんを講師に招くということで、今日ばかりは貴重な話を聞きにいかねばと市民文化会館へ。
2時間の講義を聞いた後、後半戦は、津村さんを囲んで、文化振興財団の方、実行委員の石黒さん岡田さんと共に、ホテルアンティーズの2階のHARUというお店へ(なかなかいい感じのお店でした。最近できたらしいね)。12時過ぎまで色々貴重な話を聞かせてもらいました。ビール飲みながら。
実は、撮影の岩松さんはじめM.I.F.のメンバー数人は、東京からインディーズムービーフェスティバルのプロデューサーが名古屋入りしているということで名古屋に飲みに行きましたよ。私は演劇アカデミーを優先させてもらってお任せした次第。こちらも今後の自主映画製作・映画祭の全国展開なんかについての話をしたんじゃないかと思います。
というわけで、帰ってきらたそのまま布団に直行でした。1日が長かった~。
8月20日(水)
撮影の時に飛んだり跳ねたり走ったりしてるわけでもないのに、撮影の次の日って、なぜか下半身筋肉痛なんだよね。
今日も、とよた演劇アカデミーの津村さんの講義を聞きに行く。
津村さんのメインのお仕事でもある、プロデューサーとはどんなことをしているのか、というお話でした。
とよた演劇アカデミーは、「スタッフ、特にプロデューサーを育てたい」というのがコンセプトですから(それに賛同して実行委員になること承諾したんですから)、とてもためになる講義でした。
これは、映画製作でも同じで、我々M.I.F.の映画製作のコンセプトも、プロデューサーシステムを確立したいというものです。もっと具体的に言えば、ちゃんとプロデューサー、ラインプロデューサーを立てるということですね。
映画製作でもっとも大変なのは、もろもろの連絡調整や折衝などの準備なんですが(スタッフ配置からロケ地交渉、スケジュール管理、音楽やその他の依頼、そして予算管理等)、自主映画だとそれを監督が全部やらなければならない場合が多い。そうすると、監督がもっともやらなければならない演出や構想ってのが撮影の段階で一番後回しになっちゃうんですね。そういうことをやめてちゃんと役割分担しましょう、というのがM.I.F.の映画製作のコンセプトなんです。
これは、イベント運営においても一緒なんです。プロデューサーって重要なんですよ、ハイ。
長い日記になっちゃいました、失礼。
画像は、19日じゃなくて撮影1日目の撮影風景。鈴木大和さん撮影。

映画『少したのしい』撮影2日目。
スタッフは社会人が多いので基本的には撮影は土日になるのですが、今日は、M.I.F.前々作『箱』にもご出演いただいた、豊田演劇界の重鎮、劇団ドラマスタジオの柴田槇子さんのスケジュールが土日は難しいということで夏休みを取って平日の撮影です。
休みが取れなかったスタッフも多いので、急きょお手伝いをお願いした人もありがとうございました。
さらに朝の風景が撮りたいということで、6時半集合の早朝スタートです。
主人公2人は名古屋方面から来てもらってるんですが、始発の電車に乗っても間に合わないということで、監督と助監督が車で迎えに行きました。4時半に起きて、5時半に待ち合わせて。
6時半に集合して、メイク、衣装を準備して、7時に水源公園で撮影スタート。映画最後のクライマックスシーンです。川面に光があたるのが撮りたかったんです。天気予報は曇りのち雨でしたが、なんとか陽が時々顔を出してくれました。
柴田槇子さんはもう堂々と演じてくれますので注文のつけようがありません。せっかくきていただいてるので少しは演出しなければと無理やり注文言ったりしてね。
1時間押して10時終了。
それから、天神橋付近に移動して川べりで4カット撮影。それから助監督宅に移動して玄関先、室内の撮影。
ここでほぼ予定スケジュールに追いつく。そのまま助監督宅で昼食。昼食と言ってもコンビ二おにぎりとかパンなんですけどね。食糧費はスタッフの自己負担です。
午後からは、挿入歌部分の音なし映像撮りです。主人公2人が市内を歩いていくカットを(ロードムービーですから)とにかく移動移動で撮りまくりです。1~2カット撮っては移動って感じです。
ただ、段々雲行きが怪しくなってきて、午後4時の時点で夕立となり、3ヶ所を残して今日の撮影は終了とする。
その後、スタッフは山の手デニーズで反省会。と言ってもそんなに反省なかったのかな。
実は、今日はこれで終わりじゃなくて、夜の部が。撮影じゃなくて。
とよた演劇アカデミーが、今日明日と北九州など色々な都市で劇場や街全体の文化総合監督・プロデューサーを務める津村卓さんを講師に招くということで、今日ばかりは貴重な話を聞きにいかねばと市民文化会館へ。
2時間の講義を聞いた後、後半戦は、津村さんを囲んで、文化振興財団の方、実行委員の石黒さん岡田さんと共に、ホテルアンティーズの2階のHARUというお店へ(なかなかいい感じのお店でした。最近できたらしいね)。12時過ぎまで色々貴重な話を聞かせてもらいました。ビール飲みながら。
実は、撮影の岩松さんはじめM.I.F.のメンバー数人は、東京からインディーズムービーフェスティバルのプロデューサーが名古屋入りしているということで名古屋に飲みに行きましたよ。私は演劇アカデミーを優先させてもらってお任せした次第。こちらも今後の自主映画製作・映画祭の全国展開なんかについての話をしたんじゃないかと思います。
というわけで、帰ってきらたそのまま布団に直行でした。1日が長かった~。
8月20日(水)
撮影の時に飛んだり跳ねたり走ったりしてるわけでもないのに、撮影の次の日って、なぜか下半身筋肉痛なんだよね。
今日も、とよた演劇アカデミーの津村さんの講義を聞きに行く。
津村さんのメインのお仕事でもある、プロデューサーとはどんなことをしているのか、というお話でした。
とよた演劇アカデミーは、「スタッフ、特にプロデューサーを育てたい」というのがコンセプトですから(それに賛同して実行委員になること承諾したんですから)、とてもためになる講義でした。
これは、映画製作でも同じで、我々M.I.F.の映画製作のコンセプトも、プロデューサーシステムを確立したいというものです。もっと具体的に言えば、ちゃんとプロデューサー、ラインプロデューサーを立てるということですね。
映画製作でもっとも大変なのは、もろもろの連絡調整や折衝などの準備なんですが(スタッフ配置からロケ地交渉、スケジュール管理、音楽やその他の依頼、そして予算管理等)、自主映画だとそれを監督が全部やらなければならない場合が多い。そうすると、監督がもっともやらなければならない演出や構想ってのが撮影の段階で一番後回しになっちゃうんですね。そういうことをやめてちゃんと役割分担しましょう、というのがM.I.F.の映画製作のコンセプトなんです。
これは、イベント運営においても一緒なんです。プロデューサーって重要なんですよ、ハイ。
長い日記になっちゃいました、失礼。
画像は、19日じゃなくて撮影1日目の撮影風景。鈴木大和さん撮影。

Posted by みふだいひょう at
02:05
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